会社員時代-”2度目の近畿エリア”

近畿エリア】
2度目の気分は戻ってきたぞー

14.高速増殖炉もんじゅ発電所

15.辰野心斎橋ビル

16.〇〇組 大阪本店

 

16.〇〇組 大阪本店


35歳 大阪本店転勤辞令

転属内示(高速増殖炉もんじゅ発電所/敦賀)を受け、一週間の休暇を取り、荷物を片付けと発送 + 諸々の身辺整理 😳 。
週末、愛車セリカXXで大阪へ移動。 途中、岡山に立ち寄り、足取り痕跡の消去 😳
黒塗り社用車一色の本店地下駐車場に広島ナンバーの遊びクルマを駐車。
建築事業部へ3月31日(月)am8:30ジャストに出頭。 4月1日付け辞令を受領。

関連部署へのあいさつを早々に済ませ、昼食を最上階レストランで同期が見送り会 🙁 を開いてくれる。  本店直轄工事と言っても6年間、北陸だ~。
一路、名神高速を東へ、米原JCTから北陸自動車道へ、急に車が途絶え寂しい気持「あっ~~ 裏日本だ~」

当日は工事事務所に入らず、敦賀市内の「建設途中の飯場」で所長以下職員のご帰宅を食堂で待つ。
7時過ぎ、大型バス・マイクロバスの到着。紺色の特攻服?姿の人波・・・。
職員60名超えに挨拶回り。 食後、浴場へ、まるで銭湯・・・・。 がっ、第二の人生 敦賀の始り。


35歳 「高速増殖炉もんじゅ発電所
原子炉建物及び原子炉補助建物新設工事」
の工事事務所(福井県敦賀市)

この日本海の荒波に建つ「もんじゅ」の姿が、
5年間 工事事務所の机から外を見えてたイメージ。
夏の海水浴客で溢れる敦賀半島からは想像できない冬の日本海。

敦賀市と敦賀半島

敦賀半島に3か所の発電所

先端が、日本原子力発電所(1、2号機)、隣接して日本原子力研究開発機構の新型転換炉「ふげん」(廃炉)。

次にあるのが、日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」。

手前にあるのが、関西電力の美浜発電所(1、2、3号機)。

右下が敦賀市、北陸トンネルの西側入り口があり、東名高速から北陸自動車道に入り北陸の入り口の都市。

もんじゅのある白木の集落

関西電力美浜発電所を通り過ぎ丹生集落に入り山へあがる。 峠手前のトンネルを抜けると白木の集落ともんじゅが一望。
工事中はトンネルを出たところに工事事務所を構えていました。 管理・事務部隊はここで下車。
工事部隊は、さらに奥に進み管理ゲートを通り、トンネルを抜けてサイト内の工事事務所で執務。
昼食時はバスで手前の事務所に来るだけのまるで刑務所。 連絡は定期的に巡回するマイクロバスで行き来。
公共機関は無く、歯医者などはその都度、統括所長専用車を予約して通院。

86年6月 建設途中の現場を本事務所から望む。

左下が白木の集落。
左側、海の向こうは越前海岸。 東尋坊へと続く。
左のプレハブが本事務所。 手前は鉄筋加工場。

工事事務所2階の私の執務スペース。 設計部に隣接してコーナーに籠っていました。
視線の先に現場と越前海岸が一望。
机が広い(1.8×1.8)のは図面を複数広げて作業するため。前面・裏面・側面は計算書ファイルで一杯。
奥の部屋はコンピュータ室(当時はセキュリティがバッチリ。原価管理を行っていたのでJV他社スタッフ出入り禁止)
NEC N5200 LANシリーズ フロッピーディスクは8インチを使用。(団扇兼用 :mrgreen: )

 

左上から時計回りに、①白木漁港よりもんじゅを望む。②白木漁港、白木漁港の岬突端(秘密の場所)、白木神社。

敦賀半島の先端部の日本海に突き出した場所にある集落。
伝えによれば朝鮮新羅城の新良基[しらき]の渡来人の集落と言われている。
昔は陸の孤島で隣の集落へは船で行き来する交通の不便な場所だったが、もんじゅ発電所建設でトンネルが整備され便利になっています。
2010年に家族旅行で立ち寄った際には、集落にバス停が有り驚きました。
海岸まで山が迫り平地がない場所で畑も作れず、かつては集落(12戸?)の長男だけが家を継ぎ、それ以外は村外へ出るしきたりだったと教えてもらいました。

集落の奥に赤い小橋、渡ると白城神社の境内。「白城」は「新羅」のこと。新羅人が、彼らの祖神(彦波瀲武鵜草葺不合尊の御子・稲飯命/新良貴氏の祖)を祀った神社で、境内右手に鳥居があり、階段上に神門。 垣の中に神明造の本殿が南向きに鎮座。
創立年代は不詳だが、鵜羽明神とも呼ばれた神社。周囲には縄文土器なども出土しており、古くから存在していたと考えられている。

夏は海水浴客で一杯の水晶浜

この若狭湾に面した海岸線の道路を、毎日大型バスに揺られ通った。
四季折々、海の色の変化を楽しんだ。  但し、海水浴シーズンは帰路3時間コースには閉口。

毎日、昼休みは白木トンネル上部の旧峠道をジョギング。 雨の日は白木トンネル内の側道をジョギング。  写真右下は峠道の頂部。

 


因みに、この地で遠距離恋愛の末、結婚しました。 (別述、生活編で)

建物の建設が終盤を迎えると、三菱重工・他の機器側に総轄所掌が移り、建設メンバーも徐々に転勤が始まる。 建設メンバーは統括所長を以下、関西空港へと大半が転勤していくことになる。
統括所長が関空へ転勤前(1年前に先行)に直々、
「永年の裏方業務、有難う。 広島に帰りたいか、行きたい部署は有るか」と聞かれ、
「地域は問いません。 見積・積算業務はコンピューターの過渡期に中心部署に居なかったので出遅れです。 また、現場施工管理もこの5年間 離れています」
「どうせ、ゼロからスタートならば海外でも結構です」と返答。

1年後、統括所長のS後任所長より、転勤辞令を受ける。
「〇〇所長より、引き継ぎを受けている。 特異な経歴を活かせるよう本店人事と協議している。 関西空港は長期・大規模工事、また業務の一部分だけを担当することになる、君の経歴と才能と活かすため、中小規模現場の長でマネジメントを勉強してくれ」
と、気恥ずかしい配慮 😳 を戴き、しばらくして「辰野心斎橋ビル」に配属が決まりました。

 


◆その後のもんじゅ

2012.07.04
日本経済新聞朝刊より


40歳 「辰野心斎橋ビル(大丸本社)新築工事」の工事事務所(大阪市中区)

新入社員で最初に配属された現場と、御堂筋を挟み100mと離れていない現場に配属されました。
大阪城下の街づくりの名残で、背中合わせの隣地との間に石組の排水溝が残る場所でした。
先人の素晴らしさを知りました。
御堂筋の高さ制限(31m)の建物と銀杏並木の大通り。 好きです。
2012年より、御堂筋が国から大阪市へと所掌移管。 橋下市長「浪速のシャンゼリゼ通り」をお願いします。

「松田平田」設計のシックな建物。
設計当初は、大丸の本社機能が入る事務所建物で進めていました。
下記理由により、変更経緯は解りません。

この現場の所長は、地位を求めず・派手を好まない素晴らしい”人”でした。
イケイケのエリート社員も・業者も・本店の管理者も集まる人柄。
力でなく、人として組織を動かす魅力が有りました。


近隣問題も調整がつき、杭工事を始めた6月のある日。 現場の仮囲いをしきりに覗きこむ人がいると、ガードマンから電話。
急いで現場に駆け付けるとビルの影からから「手招き」する人あり。
何と、技術部門の人事担当課長と見知らぬ人(海外担当重役)が・・・「所長に内緒で、チョット喫茶店で話ししない?」

◆要点◆

『インドネシア海外法人の見積担当マネージャの候補に挙がっている。 一月前に所長に話したが拒否された、先週、再度お願いしたら「本人も嫌と言っている」とのこと、今日は本人確認に来た』
『えっ、私、知りません。 やぶさかでないです。 ただ、工事はこれからです。 私が抜けたら所長に負担が・・(実際は、現場管理を知らない私を教育する負担が解消・・・ :mrgreen: )』

で、その後立ち消えとなり、地下掘削が終わり、これから上へ向けて基礎着手で一段落ついた8月始めの所長とビールを飲み始めると「実はなー、昔、人買が来てな~、追い返したで。 配属途中で引き抜くとの最初の約束だったが」。
「・・・・・」。
これで全てを理解してくださり急展開。
後に部長・大工事事務所統括所長をする、広島支店見積部在籍時に机を並べたエース後輩(実家にも遊びに行った)が後任で来てくれ、引き継ぎ。


40歳 海外勤務準備で常設勤務(本店、建築見積部)

夏期休暇明けより、本店見積部(元インドネシア現地法人社長が部長)でトレーニー、重役面接、就労許可手続き、予防接種等の渡航手続きを開始。 (無犯罪者証明書を警察本部に申請も :mrgreen: )
現地の就労許可が下り次第、渡航することとなる。 予防接種の2回目は結局、現地で行うことに。

◆もんじゅ発電所からの転勤時、「海外も含め何処に行くか解らないよ」に対して、「貴方、命、地の果てまでも」の言葉をもらっていたが、イザ現実になると「・・・・・・」 🙁

でも理解できる。 子供を待ち望み(夫の齢を思い :mrgreen: )、痛い思いをしながら不妊治療を受けている最中に・・・。 (然し、南国は大正解 😳 )

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